今回は、はちぶせの里の次世代を担う存在として期待される、濱田・田中の2名の職員に地域の現状や法人への思い、そして、今後の展望について語り合っていただきました。
地域と共に生きる「安心の拠点」として、
変わりゆく但馬の暮らしを私たちが支え続けたい
――まずは、お二人が日々の生活や仕事の中で感じている「地域の今」について教えてください。
濱田:私は地元・関宮で生まれ育ち、今もこの近くに住んでいます。子供の頃を思い返すと、以前は三世代が同居する賑やかな家庭が多かったのですが、今は都会に出た若い世代がなかなか帰ってこられず、いわゆる「老老世帯」や一人暮らしの高齢者の方が本当に増えたと感じます。私の近所でも、20軒以上あるうち、30代・40代がいる家庭は4〜5軒あるかないか、という状況です。
田中:八鹿の方も同様ですね。スーパーや病院が近い利便性はありますが、それでも若い世代の流出は止まりません。都会から移住してこられる方もたまにいらっしゃいますが、爆発的に増えるわけではないのが実情です。
濱田:若い子が戻ってこない理由の一つに、「何もない」「移動に車が必須」といった不便さがを感じているようです。でも、私は大阪に4年住んでみて、改めて但馬の良さを実感して戻ってきました。特に私はウインタースポーツが大好きなので、すぐ近くに山があるこの環境は最高なんです 。
――その「良さ」が、もっと伝わるといいですよね。
濱田:ええ。地域の皆さんは「はちぶせの里があるので本当にありがたい」と言ってくださいます。20年前までは限られたサービスしかありませんでしたが、今はデイサービスからグループホームまで、一つの法人で一連の流れをすべてお世話できます。私の祖母も実際にお世話になっていますが、職員としても家族としても、この場所がある安心感は計り知れません。
若手の発想力とSNSの力で、
介護のイメージを変え、働く楽しさを地域へ発信していきたい
――これから法人が安定期を超え、さらに未来へ進むために必要な視点は何でしょうか。
濱田:私は、もっと「20代」の若い人たちにスポットを当てていきたいです。世間では若者の根性を疑問視する声も聞きますが、現場で一緒に働いていると、彼らは本当に素晴らしいものを持っていると感じています。
田中:同感です。20代の人たちは、私たちが当たり前だと思ってマンネリ化してしまっている部分に対して、ふとした時に「ええとこ突くな」という新しい意見をポンと出してくれるんですよね。染まっていないからこそ見える視点があり、発想力が豊かだと思います。
濱田:彼らの発信力はすごいです。TikTokやInstagramを使いこなすのはお手の物です。例えば、他の施設さんが楽しそうにレクリエーションをしている動画を見て、すぐに「自分たちもやってみたい」と思ったりします。そうしたSNSを通じて、法人の魅力だけでなく「但馬での暮らしの魅力」をセットで発信していく。それを見て「この町で、この人たちと働きたい」と思ってくれる人を増やしていきたいですね 。
田中:20代を単なる「労働力」としてではなく、未来を創る「パートナー」として評価し、応援していくプロジェクト。そんな動きが法人全体に広がれば、もっと面白い組織にしていきたいです。
施設と地域をたい焼きでつなぐ!
スタッフ自ら現場へ飛び出し、新たな交流を創り出したい
――具体的に、お二人が「もし経営者だったら」という妄想も含めて(笑)、挑戦したいことはありますか?
田中:私は、特養の中に「ミニ保育ルーム」のような機能を作ってみたいです。子育て中の職員が、子どもを預ける場所に悩まず、一緒に通勤できる環境。そこで子どもとお年寄りが触れ合うことで、入居者の方も「昔の家の感覚」を思い出して生き生きとされると思うんです 。
濱田:それはいいですね!看護師さんも身近にいるから、万が一の時も安心です。私は、「地域に出向くこと」をもっと増やしたい。今はボランティアさんに「来てもらう」ことが多いですが、こちらから地域のお祭りやイベントにどんどん出ていきたいんです 。
田中:昔、関宮の夏祭りで「たい焼き」を出店したことがありましたよね。あれを復活させて、「はちぶせの里のたい焼き」を看板にして、地域の方と直接触れ合う機会を増やすのも良いかもしれません。
濱田:自分たちの土俵(施設内)だけで仕事をするのではなく、あえてアウェーの場に出向いて顔を覚えてもらう。そこで刺激を受けることが、結果的に自分たちのケアの質を上げることにも繋がるとも思います。
田中:私たちの仕事は「介護」だけではないんです。「地域を楽しくする一員」であること。そのプラスアルファの部分を大切にしていけば、はちぶせの里ももっと輝ける存在になれると思います 。
――お二人の言葉から、未来の「はちぶせの里」が地域の中に溶け込んでいる姿が目に浮かびました。本日はありがとうございました。






